そしていよいよリンカーンセンターでのオーディションの日がやってきた。入り口が65丁目の劇場のステージドア。中に入るとセキュリティーが入り口におり、オーディションに来たことを伝えると中に入れてくれた。中に入ると迷路のようになっていて、“The King and I audition ⇒” というサインがあり、それに沿って地下にいく。廊下の壁に今まで上演された演目のポスターが飾ってあり、待合室の近くにはいろんな衣装や小道具がおいてあり、関係者が行き交う雰囲気にも圧倒される。
待合室に入ると、前のオーディションで会ったメリーランドから来た女の子もいた!我が娘のアポはこのグループの中で一番最後。りんの番になると、アシスタントのお姉さんと共に、オーディション室である奥の大きなリハーサルスタジオに消えていった。私はスタジオの外で耳をそばだてていたら、最初にGetting to Know Youの歌とピアノの伴奏が聞こえてきた。よしよし、なんとかうまく歌えたようだ。しばらく静かだったので、今度は台詞を読んでいるのかなと思ったら、その内
ピアノの音が聞こえた。
「えっ?」
最初はピアニストが何か弾いているのかと思ったら、聞き覚えがある。娘が前のピアノの発表会で弾いたモーツァルトのハ長調のソナタの3楽章!しかもピアニストが弾いているのではなく、娘が弾いている!
でもなぜピアノを弾いてるの???
しばらくして、りんが笑顔で部屋から出てきた。気が気でない私は質問しまくると、ディレクターがりんのレジュメを見てカーネギーホールで演奏した経験があるのを見て、何か弾いてくれないかと聞かれたらしい。しばらく弾いてない曲だったが、出だしの部分だけ弾いたので救われた。もっと先まで弾いていたらめちゃくちゃになったに違いない。(汗)それでもあっけらかんとする我が娘を見て、私は小さい時こんな度胸はなかった、と思うのだった。
後で分かったことは、ディレクターのバートレット・シャー氏は男の子だったらテコンドーをしながら台詞を言わされたり、小さい女の子はシールを床に貼りながら台詞を言わされたりしたらしい。要するにディレクターの指示にすぐ反応できるか、さらに歌や演技以外の何かを求めているということだろう。
りんのオーディションはその日最後だったので、待合室には誰もいなく、しばらく残っていたら、キャスティングディレクター(その時はディレクターのアシスタントだと思っていた)が入ってきたので、ラッキーなことに話すことができた。彼女はどうだったかと聞くと、”You were fantastic! Do you know how special you are? Are you with an agent?” 「とても素晴らしかったわ!あなたがどれだけ特別かわかってる?エージェントはいるの?」と、アメリカ人はお世辞が上手だが、この時はまんざらお世辞でもなさそうだった。
「どこに住んでるの?NJで橋を越えてすぐだったらそんなに遠くないわね。」 これが最後のオーディションなのか聞いたら、「あともう一回あるのよ。もう少ししてからだけど。それでオーディションが終わったら、ずーっと何ヶ月も何もないの。」とあたかも当然受かるかのような言い方なので、ちょっと興奮してしまった。
丁重にお礼を言い、雲の上を歩いているような気分でリンカーンセンターを後にしたのだった。